佐々木舞について

佐々木 舞

初めまして、Maiと申します。
このページではイベントMC、リポーター、ナレーターに加え、ライター業として活動している佐々木舞の自己紹介をさせていただきます。
お付き合いいただけたら嬉しいです!

人口100人未満の超ド田舎の村で生まれ育つ

田舎道
(ウチの前の道)

長崎県の対馬という島の隅っこにある村で生まれ、18歳までここで過ごしました。
人よりもイノシシが多く住む村でクラスメートはたった6人。全校生徒は20人ちょっとしかいなくて、人数が少なすぎて運動会などの学校行事が成り立たないので基本的には何をするにも村人全員参加スタイルの学校に通っていました。

村には信号や横断歩道がないので、学校の授業でそれがどんなものか、何のためにあるのかを教えられました。

田舎の学校の教室
(実際に私が授業を受けていた教室。当時創立100年)

私のJC・JK時代の遊びといえば、お寺で缶蹴り、川でうなぎ釣り、海で磯遊び、山で虫取りくらいで、テレビに映るメイクばっちりでお洒落をした同世代の女の子は現実に存在していないとさえ思っていました。
島に初めてコンビニが出来た時なんて(といっても営業時間は朝8時から夜10時頃まで)、コンビニ見たさに島中から人が集まり大変なことに。私も家族と一緒に車で30分かけて見に行ったのですが、この時生まれて初めての渋滞を経験しました。

こんな環境でのびのびと18歳まで過ごした私も、進学のため島を出て本土、福岡へ引っ越すことに。

島を出て1ヶ月後にテレビのリポーターに抜擢

テレビ画面

私の夢はテレビのリポーターやラジオのパーソナリティーになることでした。
理由は単純で、大好きなウチのばあちゃんが畑仕事中にいつも楽しそうにラジオを聴いていたし、家ではテレビを見ながらこれまた楽しそうに笑ってたから。「私もばあちゃんを楽しませたい!」それだけでした。

島の人たちには夢のまた夢だと笑われましたが、家族を説得し、福岡スクールオブミュージック専門学校のDJリポーターコースに進学。授業内容は…覚えていないんです。
なぜなら、入学して1ヶ月でなぜかオーディションに受かり、そこからどんどん仕事が決まって忙しくて学校にはほぼ通えなかったから。

今考えてもどうしてあんなに次から次へと仕事が決まったのか不思議ですが、初めてオーディションに合格してから、一旦お仕事をやめるまでの10年間、時には冠番組をもたせてもらったり、福岡の朝といえば!な朝の長寿番組のレギュラーをもらったりしながら、一度もレギュラー番組が切れることなくお仕事をさせていただきました。
本当にありがたい話です。

思いつきで10年勤めた仕事を辞める

環境に恵まれ、毎日楽しくお仕事をさせていただきました。
しかし、28歳のある日、何かのタイミングでふと思ったんです。

「あれ?私の20代の思い出ってほぼ仕事しかない。」

私はもともと一度にひとつのことしかできず、しかもそれだけに夢中になるタイプの人間で、20代の私にとってそれがお仕事でした。
お仕事が大好きで楽しくて楽しくて仕方なかったからもちろん後悔はなかったのですが、一生で一番楽しいといわれている20代が仕事だけってなんだかもったいない…。
そう思った瞬間に10年間、周りを火傷させてしまいそうなほど燃え上り続けていた仕事への熱意が嘘のように消えてしまい、仕事を辞める決意をしました。

生まれてこのかた、私を動かすのはいつだって興味好奇心。それがなくなったらもう続けるのは無理なんです。

英語力ゼロ、海外旅行初心者で世界一周ひとり旅へ

ライオンと戯れる
(アフリカのサバンナにて。この5分前に「襲われて死んでも自己責任」と書かれた同意書にサインさせられ震え上がる)

「せっかく仕事を辞め、自由になったんだから、思いっきり楽しいことをしよう。」

そう考えてすぐに浮かんだのが世界一周でした。

村で暮らしていた頃、当時大人気だったテレビ番組『ウルルン滞在記』が大好きでビデオに録画しては何度も何度も繰り返し観ていました。いつかこの目で見てみたい。幼いながらにそう夢見たことを思い出したんです。

「今の私なら行ける。」

そう気づいた瞬間、私の全興味はそこに集中し、他のことは何も考えられなくなりました。
海外旅行ではなく世界一周に決めたのは、響きにワクワクしたのと、せっかく自由の身になったんだからデッカイことをがしたいと思ったから。ただそれだけでした。

ちなみにこの時の私は、ツアーでハワイ、修学旅行で韓国に行ったことがあるだけ、英語力ゼロでした。
今思えば、逆にこれが良かったのかもしれません。海外を知らなかったから、怖さも危険度も知らず能天気にただただ楽しいことだけを考えていました。

そして、20代最後の私の誕生日、2013年8月18日、世界一周へと旅立ちました。

帰国後、旅好き女子のための旅サイト【TABIJO】リリース

ウユニ塩湖
(旅人の憧れウユニ塩湖)

1年10ヶ月かけて60カ国以上を訪れた世界一周の旅は、想像以上に楽しくて、大変で、危険で、感動して、泣いて、笑って。あの時間は間違いなく一生の宝物になりました。

この経験や情報をこれから旅に出る女子たちにシェアしたい。
そう思った私は世界一周から帰国後すぐに、同じ気持ちを持つ旅好き女子たちを集めて、旅好き女子による旅好き女子のための旅サイト【TABIJO】をリリースしました。

私たちと同じように旅が好きな女子たちが、

旅先で最高の思い出が作れますように。
旅先で危険を回避できますように。
旅先で困りませんように。
また旅に出たいと思ってくれますように。

そんな気持ちで日々記事をアップしています。

現在は東京でフリーランス生活

深大寺のだるま祭り
(東京で一番好きな場所、深大寺のだるま市にて)

現在、東京都調布市在住。初めて調布市に遊びに行った際に街の雰囲気が気に入り即引っ越してきました。

クラスメイトがたった6人の村で生まれ育った私は、大都会東京でフリーランスになり生活をしています。
業務はもともとやっていたイベントMC、リポーター、ナレーターに加え、ライター業も請け負っています。

村で暮らしていた頃は自分がテレビに出るなんて思いもしていなかったし、
テレビに出ていた頃は世界一周に行くなんて思っていなかったし、
世界一周中は、最も苦手だったwebの世界に足を踏み入れるとは思わなかったし、東京に住むことなんて一生ないと思っていた。

20代半ばで結婚して、20代のうちに3人くらい子供産むつもりだったけど35歳になった現在、子供どころか結婚もしてないし…。笑

こうやって書くと、私の人生は予想外ばっかりで思い描いていた人生とは全然違うけど、その分刺激的で退屈しないから我が人生ながら気に入っています。

このサイトでは東京でフリーランスとして生きているアラサー独身Maiの日々のこと、仕事のこと、恋愛話などなどを綴っていきたいと思いますのでお付き合いよろしくお願いいたします。